
From nekonya To juncoop5@goo at 2004 12/10 22:59 編集
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マタイ受難曲
juncoopさん、ありがとうございます。
私にはマタイ受難曲のBest演奏は決められません。 マタイ受難曲は、できれば受難節に「ライブ」で体験していただきたい曲です。 バッハの遺した楽譜から新たな演奏行為によって音楽が立ちのぼるとき、その現場に立ち会った人にとって、そのときのその演奏こそがBestに違いないからです。 とはいえ、外国語で延々と語り歌われる作品ですから、実演を聴く前に、録音で歌詞に親しみ、重要な言葉を確認しておく作業は大いに意味のあることだと思います。 歌詞を理解するための重要な単語はそれほど多くありませんので、是非テキストを読みこんでから聴いてみてください。
以下に私が聴いたCDの印象を簡単に記しておきます。 この曲には、多くの素晴らしい録音があり、演奏によってそれぞれ焦点の当て方が違いますので、ひとつを聴いて退屈に思われた方も、そのうちきっと琴線に触れる素晴らしい演奏に巡り会えることと思います。
行頭記号☆は古楽器、○はモダン楽器による演奏。●はカットのある演奏です。 指揮者/器楽/福音史家/イエス(録音年)
●メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管/エルプ/ラヴェリ(1939)
大胆なカットとデフォルメーションで、他の録音にない唯一の世界を作り上げています。 独自の情熱的表現は、あたかもミケランジェロの偉大なピエタのように聴き手の心を直接捉え揺さぶります。 ただ、このピエタはトルソであって、カットの多いこの演奏だけで『マタイ受難曲』のすべてを語ることはできません。 ポルタメントを多用し大きくテンポを揺らしながらもアンサンブルが乱れないのはさすがですし、寄せては返すフレージングは、時に船酔いに似た効果をもたらしながら聴き手引き込んでいきます。 録音は悪く、特に高声部が雑音にマスクされがちなのは残念です。
●ラミン/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管/エルプ/ヒュッシュ(1941)
メンゲルベルク盤同様カットの多い演奏で、福音史家も同じエルプが歌っています。 しかし、この二種を聴き比べると、メンゲルベルク盤に聴かれる、大戦中の何かに取り憑かれたかのような追い詰められた熱気と、この演奏に感じられる自省と客観性が見事な対照を成しているように思えます。 そして、そのどちらもが『マタイ受難曲』という一作品に結実しているわけですから、歴史的録音/モダン楽器/ピリオド楽器などといったカテゴリーで安易に演奏を語る危険性をつくづく感じさせられます。 大急ぎで一言言い添えておくと、ラミンの演奏は客観的といっても決して冷たいものではありません。 そのアプローチは、厳しい検閲とカットによってバッハのテクストがずたずたにされる中で、ほの見えるかすかな希望を手繰り寄せるかのようなバッハへの深い共感に根ざすもので、後年のリヒター盤を予感させる厳しい造形感覚と熱い思いが共存している名演だと思います。
○レーマン/ベルリン放響/クレプス/フィッシャー=ディースカウ(1949)
この時代としては画期的なカットなしのライブ録音です。 緩急の振り幅が非常に大きい演奏で、おおむねアリアや各部の終曲は遅く、群集を描く合唱部分は最近の古楽演奏のように速く演奏されます。 通常1分台で歌われることの多いテノールの伴奏付レチタティーヴォO chmerz!(「おお、痛みよ!」)は3分39秒という遅さですし、ブリュッヘン盤が5分7秒で演奏している第1部の終曲 O Mensch bewein dein Suende gross(「おお人よ、汝の罪の大いなるを嘆け」)などは、なんと9分以上もかかっています。(ただしクレンペラーはこの曲を11分1秒!超絶的な遅さです。) ライブですから歌手に完璧を求めることはできませんが、時代の記録としては大きな不満はありませんし、音は貧しいですが聴き難さは感じません。
○カラヤン/ウィーン響/ルートヴィヒ/シェフラー(1950)
バッハフェスティバルでのライブ録音です。 冒頭合唱で第一コーラスと第二コーラスをきちんと分離させ、第二コーラスの問いかけを鋭く強く歌わせるところなどは後年の古楽演奏と共通する解釈で驚かされました。(ただし、マイクの制約などの影響で、そう聞こえる可能性もあります。) アリアは概ね、ゆったりとしたテンポでレガートに歌われる一方、レチタティーヴォはルートヴィヒの美声を活かして十分に緩急の変化を付け、ドラマティックに歌いあげられます。 合唱も、ときに早すぎるほどのテンポでドラマをサポートしますが、70年のスタジオ録音盤のように全てレガートで塗りつぶされるのではなく、比較的はっきりと一つひとつの言葉を伝えていきます。 録音は良いとは言えず、かなりの雑音を覚悟する必要があります。
●フルトヴェングラー/VPO/デルモータ/フィッシャーディースカウ(19
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